2013年3月18日 第33回「KKFCやってみよう会」 会合報告

今回の発表は山出さんです。自分の想いのまま話してみたいと、パワーポイントや資料などは使わずに話し始められました。

 

<自己紹介>
山出さんは両手両足に障害を持って生まれ、運動神経が機能しない脳性小児麻痺です。生まれた時、両親はどうしてよいかわからず、病院を探して駆けずり回っていたそうです。

現在、スーパーの小売業の社会貢献担当をされています。子供たちを対象に環境学習の企画・運営に携わっておられます。企業版のボーイスカウト、ガールスカウトのような活動だと例えられていました。

 

<小学校入学>
障害のもっている子は一般的には支援学級に行くことになるのだが、両親の努力の結果、普通の学校へ入ることになりました。小学校へ入ることも自分にとっては未知のことでした。どうしていいかわからない。パニックになりました。

入学式当日。建物に入った瞬間、ざわめきが起こりました。そして椅子に座った瞬間、遠くから「あれ、なんや?」と一声。人間に対してもののように言った言葉。今でも言われたことを覚えているそうです。

教室でも自己紹介の時間に、担任の配慮もあってみんなより多い5分間を与えられましたが、話せたのは名前と「よろしくお願いします」の2語だけでした。

<いじめのこと>
母の迎えを待つため、階段に座っていました。友達が囲んで傘でつつき、一人の子が傘を頭の上にもっていき、刺そうとしました。「ヤバい!」と頭をすくめた瞬間、先生がみつけ、「やめろ!」と止められて大事には至りませんでした。悔しかった。その取り囲んでいた子たちは、1歳の頃から知っているのに。これから6年間どうしよう。なんとかせなあかん。

皆は上から見下していましたが、自分がその状況を作っていたと気づきます。それなら、「絶対に人から目を離さないでいよう。自分の持っているこの大きな声を生かそう。」と決心しました。おはようの挨拶な皆に声を掛けまくりました。すると周りが変わり、いじめがなくなりました。どういう風に考え、どういう風に行動するかを考えることが大事だと学びました。

 

<就職の話>
 就職をするが、パソコンのキーボードを打つのも遅く、入社後3年間、自分の出来る仕事はありませんでした。孤立。「何故、会社は自分を採用したのだろう?」という疑問。転職も考え、うつにもなりかけました。しかし、「辞めるのは簡単。続けることの方が絶対に難しい。だから簡単には辞めるとは言わない!」との強い思い。母も「逃げたらあかん。逃げたら負けと同じ。」と同じ意見。

何もやることがない。椅子に座って、前の窓を景色を見たり、本を読んでみたり。ある日、遠くの方で話し声が聞こえてきました。発注した業者に対して傲慢な話しぶりと、電話をガチャンと切っていることに違和感を覚えます。

それから、周りの電話をかけている姿を観察し始めました。皆、自分が話したらすぐにガチャンと切っていました。例え電話であっても、相手のことを考えて対応してみよう。会社の中で少しでも自分が出来ることを考え実行しました。

その部署は、外部の社長や秘書、店の店長から直接電話がかかってきます。ある日、会社のトップの方から電話があり対応しました。後日、同じ会社の秘書から電話があり、「この間電話をとって下さった山出さんですよね。」と名前を憶えていて、礼を言ってくれました。人からそういう言葉を掛けられるって、どんな勇気づけられることか。

何も仕事がなかった自分にとって、ものすごく有難いことでした。電話では、相手の話をしっかり聞いて、相手が切ってから電話を切るという簡単なことをしただけだったのに、続けることで人はちゃんとみてくれていました。
 
ある店長も、「山出が電話とってくれて嬉しい。おまえ、声に元気あるやん。人に元気を与えてるんやで。それも仕事やないか。」と初めて励まされました。

その後、阪神大震災があり、ボランティア事務局に移動。救援物資の聞き出しをし、初めて自分のポジションが与えられました。しかし、震災のことが下火になるとその部署もなくなりました。また何か探さないといけません。

その時に、会社のトップより子供たちを集めて活動するエコクラブをするように言われました。現場では、「何しにきたんや」というような顔をされたり、参加する子供たちのお母さんも「この人で大丈夫なの?」と不安そうになっています。自分は体が動けない。野外活動で何が出来るのか? その時、考えました。「お客さんは誰? 子供たちだよね」

子供にたくさん声掛けをし、役割を与えました。子供たちは悩みごとや思いを伝え始めます。こんなことが出来たのは、いじめの体験があったからでした。

 近年、子供の自殺、いじめが多いです。自分の経験を伝えて、何かきっかけになってくれればいいなと思っています。今年の目標は、講演を20回実施したい。それが達成出来れば、本を出したいと考えています。

 

<母の話>

 健常者と同じように扱いたいという強い思いを持っていました。小学校側は入学を認めませんでした。両親が教育委員会に掛け合い一年のブランクで何とか普通の学校へ入学することが出来ました。1,2年の時はお話したいじめがあったが、5年の時に再びいじめが始まりました。

 昔は教室の床に油を塗っていました。それによってよく滑って転んでいました。机を持とうと、「ごめん、持たせて」と言ったら、「嫌だ。汚い。」と机を引いて持たせてくれませんでした。こういうことが、5年より2年間ずっと続きました。

 母は最初、いじめをしている子に「やめといてね」と言っていましたが、段々言わなくなりました。担任は、おそらくいじめに気付いていました。母はある時から、「人に絶対に手を出すな。」と言い始めました。しかし、毎日のことに段々耐え切れなくなり、ある日、「おかあさんは、なんにもしない。ただ、送り迎えするだけやろ」と母に怒りをぶつけました。母は「将来、お前が大きくなったらわかる。だから今は我慢し。」と。

6年の1月頃。精神的にまいってしまっていました。病院に向かう途中、「お母さん、もうあかんわ。」と一言。母は、「わかった。もう学校に行かなくてもいい。よく頑張った。あとはなんとかするわ。」と。
 
次の日、母は正装して学校へ向かいました。職員室に行き、担任を呼びました。「あなたは息子が困っていたのを知っていたのに、何故助けてくれなかったのか?」

担任と母との押し問答があり母は、「あなたのような担任のところには私の息子は預けてられない。」ときっぱりと言い、卒業式にだけは出ると伝え、職員室を出ました。

 家に帰ってきて母は言いました。「困難や苦労は人を磨く。人を成長させる。それと、今いじめをしている子たちが大きくなって子供を持った時に、私の気持ちがわかればいいと思っている。」

 

最後に、山出さんは、一言。
「今何が欲しいかと問われたら、『母の肝っ玉が欲しい』と答えます。」

 

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