2012年6月21日 第25回「KKFCやってみよう会」 会合報告

6月21日(木)大阪駅前第2ビル5階 大阪市総合生涯学習センター第4研修室
午後6時30分より午後8時30分

今回は文野式ラマダンを発案された、文野光華さんの「我が人生を語る」です。

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「自分が何を語れるんやろうか・・・」

 こんな言葉から始まりました。

「こもった生活をしていた。
人と話すことが苦手と思っていた。」

 私の知っている文野さんからは想像つかないですね。

 

今までの人生を振り返るのに、過去の写真を出し、色々回想されたようです。
そして写真をもとに文野さんの人生が語られます。


祖父母が済州島から渡ってきました。
文野さんは在日3世。

お父さん、お母さん、そしてきょうだいは、女→男(文野さん)→男→男→男→女の6人です。
子どもの頃は「お父さん、お母さんよう頑張ったね〜」とよく言われてたそうです。
「たくさんの子供育ててるからな〜」と文野さんは思ってたそうですが
「頑張ったね〜」の真意は大人になるにつれ分かったそうです(笑)

今のご本人からはとても想像つきませんが
小さいときは本当に泣き虫だったようです。
幼稚園では、お母さんと離れるのが嫌だから泣く
プールに水が張ってあって泣く(なぜ?)
というぐらいの泣き虫でした。

小学校(〜中学1年まで)の時はそろばんを習っていました。
7年間ですので、そりゃあもう結構なことです。
大人になり、銀行に行くと目の前にそろばんが!
7年間習っていた自信がありましたね。
早速そろばんに指をかけ、昔取った杵柄・・・とはならなかったようですね。
全く指が動かなかった(動かせなかった)ようです(^^)
あの7年間は一体・・・

中学の時は空手を習いました。
そして1年生の夏から3年生の春まで新聞配達をしていました。
小金持ちで、一人で喫茶店、一人で映画館・・・中学生なのに。
今振り返っても、人生で一番優雅な時代でした。
木星に興味を抱いた文野さんは、どんどん宇宙に惹かれていきます。
望遠鏡を自分で作ったそうです。スゴイ!!!!!
望遠鏡を買うんじゃないんですね、作るんですね(笑)
先生に懇願され、理科部を作ります。

高校では柔道を。
黒帯・初段。いい響きですよね。
でも弱かったそうです(^^)
腰をいわしてしまいましたが今度は体を鍛えることに快感を覚えます。
ベンチプレスにはまりました。
今の文野さんの頑丈加減は、その当時作られたんでしょうね。
クラスではいつも物事の中心にいました。
劇でも主役級の「やーさん役」。
見た目もぴったりではないでしょうか(笑)
そして3年生の時は、クラスで「だんじり」を作りました。
もちろん文野さん中心で。というかほぼ一人で設計・調達・製作したようです。
だんじりの足は、軽トラの下の部分?を交渉して安くで譲ってもらったそうです。
発想もいいし、行動力もすごいですよね!

3年生になり、大工をしたかった文野さんは進路に迷います。
親父さんの希望は、同じ金型の道に進んでもらうことです。
迷いましたが金型の道に進むことにしました。
京都の専門学校に進学を決めます。
が、程なくして親子喧嘩をしてしまい1週間ほど家出をしてしまいました。
「金なんか出してもらうか!自分で何とかしたるわ!!」
と啖呵を切り、進学もやめました。
卒業まで11月から、アルバイトを始めます。
ライブハウスです。
夜の仕事で最初は勇気がいったそうです。
しかし、慣れるうちにどんどん色々なことができるようになり接客は楽しかったようです。
カクテル作ったり、スタッフを指示して動かしたり店の企画をしたりと、ここでも中心になって率先して動かしてたようです。

友人たちとスキー旅行に行きました。
“硬派”な文野さんは、運命の出会い(なんぱ)をします!
それから6年間の遠距離恋愛です。
いつも会う日が決まると、その日のスケジュールを予めビシッと決められてたそうです。
プランニングなど好きなんですね。

高校を卒業してからはアルバイトを継続し、11月に金型の会社に見習いで入ります。
結婚するまでは仕事をしながら夜はライブハウス、バーテン、ファミレスなどで働きました。
とにかく仕事が好きだったんですね。


起業を視野に入れてた文野さんは、「将来は独立します。よければ雇ってください。」とそれでもOKの金型の会社を数社渡り歩き、1997年11月いよいよ独立・起業されます。

創業時からリーマンショックの少し前まで、赤字になった事がありません。
毎月必ず残すお金を決め積み立てていきます。
良いときは月々50万円〜のお金を積み立てておられたそうです。素晴らしいですね。

しかし、2008年リーマンショック前ぐらいから、仕事がぴたーっとなくなります。
そっからは悪循環の連続です。
仕事さえあればな・・・(という受け身)、
何とかなる、いや何とかする自信がない・・・(自信喪失)
とにかくマイナス思考で、気持ちもどんどん内向きになっていったようです。
この時代の写真もありましたが、確かにしんどそうな雰囲気でしたね・・・
何ともいたたまれなくなり、産創館に通い始めます。

意を決して、金型バイヤーの前でプレゼンに申し込みます。
しかし頭真っ白、何を言っているかわからない状態だったようです。
人と話すこと、ましてや人前で話すことが苦手と思っていましたから
そうなることも理解できます。

しかし、産創館通いは継続します。
そして、良い出会いに恵まれます。
本間さんと出会い、そして「本物の男」と出会います!
本物の男・・・逆境経営セミナー講師、木村勝男です!
やってみなわからんの精神で、何事にも前向きにとらえられるようになり以前の自分と比べても、ちょっとずつプラスになってきているとのこと。
傍で話を聞いてると、ちょっとずつというよりは一気にV時回復っぽいですけどね(^^)v


六甲全山縦走、早朝元気セミナー、木村塾リーダーすべてが文野さんにとって
プラスになっています。
色々な学びの中で、木村会長に言われた一言があります。


「見切り千両、損切り万両」


非常に印象深く
前向きな決断をされます。


2012年5月、15年間文野エンジニアリングの生産工場で
活躍してきた機械・設備を処分しました。

赤字を垂れ流していた設備・機械とはいえ、
15年間一緒に頑張ってきた設備・機械です。
手放すなんてそりゃもう・・・

「気持ちいい!!」

いやあ、ここでも文野さん前向きです!!(^^)

うひょひょひょーという感じでどんどん処分されたようです。
この体験より

「捨てるという体験」
「自分で始めて、自分でケリをつける・・・幸せなことやなと」

そんなことを感じたそうです。

今は、持ち前の行動力、やりたがり精神で色々なところに行き、人と出会い、勉強・経験を重ねてます。
外に目を向けられるようになり、出版やラジオなどにも関わり新しいことをどんどんやっていっています。
来月には東南アジア3か国に行きます。
200海里も出たことない文野さんが1か月で3か国です!

「今は白紙ではありますが、例えばアジアへ行くと、
 自分の『現場力』は活かせるでしょうね。」
確かに「0」→「1」にする想像力・創造力を持ってる文野さんですから納得です!

元々器用な文野さんは、最近料理にもはまっています。
たまにfacebookで作品が登場しますよね。
美味そうです!


いや〜どんな商売が生まれるんでしょうね。

本当に無限の可能性がありますね。
今後の展開が楽しみです!


「自分が何を語れるんやろうか・・・」


とんでもない、本当に盛り沢山な人生でした。
そして、文野さんの強みを感じることができた、素晴らしいプレゼンでした。

ありがとうございました。


[木村会長(本物の男)の私がメモッた言葉]
■人間、いくつになっても「リセット」できる
■聞いたら今度は自分の足で行って見る
■誠実は大きな力になる
■何が本業かわからん(笑)全部本業



締めくくりは、櫻井リーダーより
「象の背中 旅立ちの日」DVD上映でした。
心打たれる映像でした。

人生一回、後悔のない生き方をしましょう!!


レポート:門浦 智

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