2012年11月16日 第30回「KKFCやってみよう会」 会合報告

11月16日(金)大阪駅前第2ビル4階 キャンパスポート大阪
午後6時30分より

午後8時30分中澤良二さん・わが人生を語る

「私、ただいま楽しみ中」  

 
(前文)

「やってみよう会」では登山部に入り「めちゃ、しんどいです」といいながらもニコニコ顔で前へ前へ進んでいく、そのバイタリティはどこから来るのでしょうか? 今月の「わが人生を語る」は、KKFCの「ゆるキャラ」ナイスガイ! シージェーソフト代表の中澤良二さんです。

 

(本文)

「Good evening every-one. Tonight, I told you a story of my life・・・」

予期せず飛びだした英語のスピーチに緊張感が走る会場。と、そのとき「な~んちゃって。ここから日本語で話します(笑)」。

こんなサプライズ演出で参加者のハートを鷲づかみにした中澤さん。

1963年1月7日、瀬戸内海に浮かぶ小豆島に誕生しました。紳士服の縫製を営むご両親との間には2男1女。「姉とは12歳、兄とも9歳離れた末っ子だったので甘やかされて育ったみたいです。5年生の頃、デパートのおもちゃ売り場でこれを買ってくれなきゃいやだと床に寝て足をバタバタさせた記憶があります。人生、ダダをこねてもダメなんやと子ども心に悟りました(笑)」。

周りに見えるのは海と山だけ。夏の浜辺では岸辺に夜行虫がキラキラと輝いて・・・。そんな大自然に抱かれて「何も考えずボ~っと」育ちました。

中澤少年の「ボ~っと」ぶりを物語るエピソードがあります。「小学校の近くに陣屋の松と呼ばれた木があったんです。3年生の頃、教室の窓からふと見ると、その姿があまりにも美しいもんで目が釘付けになって。すると先生が『そんなに外ばっかり見るなら外で見なさい』と言って教室の外に机ごと出されてしまったんです」。今となっては懐かしい思い出です。

6年生になると心をときめかす衝撃の出会いがありました。といっても女の子ではありません。「兄のステレオを留守中にこっそり触ってレコードを聴いたんです。そしたら体に電気が走って」。アメリカのロックバンド、レッドツェッペリンの「ブラックドッグ」でした。「うわ~、かっこいい。なんじゃ、これは!!と思いました。それ以来、音楽の魔法にかかって今も解けていません(笑)」

身に付けた「何くそ根性」。夢はミュージシャン

中学時代はバレーボール部に入部。アニメさながらのスポ根監督にしごかれました。

「私は下手でしたけど、監督から『何くそという根性だけは覚えとけ』と刷り込まれまして・・・」。この「何くそ根性」こそ、後に中澤さんの武器となっていくのです。

一方、レッドツェッペリンで受けたロックの洗礼。ギターを爪弾く級友の姿に触発され、お母様にねだってフォークギターを買ってもらって音楽への憧れはますます増していきました。ちなみにこのギター。今も中澤さんのそばで優しい音色を響かせています。

その後、地元高校に進んだ中澤さんは、バレーボールよりも音楽にのめり込んでいきました。「バンドを組んでギターで一番になる! 」。そう考えた中澤さんは、エレキギターを手に入れるため近くの観光旅館で窓ふきのアルバイトを開始。3シーズン続けて5万円溜まったところに、たまたま学校の前に楽器店ができ念願のエレキギターをゲットしました。ただし、そのギターは8万円。不足分はお母様が補てんしてくださったそうです。

 本を買って独学で演奏を学び、勉強そっちのけでギターの練習に明け暮れました。その成果があって文化祭では大喝采。「一番計画」の手応えを感じた中澤さんは「ギターの専門学校に進んで将来はプロのミュージシャンに」と夢をふくらませます。

しかし、「ギターでメシが食えるか」という両親の大反対にあい、とりあえず普通の大学に進学してそこでギターを弾きまくろうと目論みました。

●大学では和学部に入部。初の海外旅行で開眼

「部活をやるために」入学した名古屋の中京大学商学部。ところが入部した部活は、なんと和楽部。「美人の先輩に声をかけられて。まあ三味線もギターも同じ弦楽器やし、いいかと♪」。大らかな中澤さん。一方、入学してから意外にも「勉強って面白い!」と感じ始めました。「とくに興味を持ったのは西洋史でした。授業でシュリーマンというトロイの遺跡を発掘した考古学者の話を聞いたのがきっかけです。史実よりもシュリーマンの生き様に感動したんです。人物に視点を置くと歴史はとても面白い。それと当時大学に情報科学のが初めて開講されコンピュータにのめり込みました」。これがのちのち飯の種になろうとは、知る由もありません。

さて、本命の音楽。三味線で民謡などを奏でていた中澤さんでしたが「やっぱり自分のやりたいのはギターだ」と気付き、あらためてフォークソングのクラブに転部。しかし「上には上がいることを知ったんです。あきらめた、というよりは、何も分かっていなかった自分が見えてきた。そういう意味では貴重な経験でした」と話します。

この他にも在学中には宗教の勧誘にあったり、4回生のお正月に2つの神社でおみくじを引いたら連続「大凶」が出たり。さまざま経験をする中で、ヨーロッパ旅行をしたことが世界に視野を向ける引き金となりました。

●就職、そしてオーストラリアへ

卒業後は香川県に本社のあるゴルフ用品メーカー、鎌田利(現・キャスコ)に就職。営業マンとして奔走しました。当初は出荷や納期ミスが相次ぎ、「大凶とはこれだったのか」と思えるような不運な日々でしたが、2年目には新規市場開拓のため名古屋に転勤。持ち前の明るさと「何くそ根性」で業績を上げ社内表彰を受けました。

しかし、心の中に広がる「世界中を回ってみたい。英語を勉強して外国の人とコミュニケーションしたい」という思いは募るばかり。そこで貯金が2百数十万円になったのを確認して退職。これを軍資金にオーストラリアへ渡航しました。26歳の時です。

オーストラリアでは東部のブリスベンを足場にして英語学校に通い、安い中古車を手に入れて南のアデレードや北のタウンズビルへも足を伸ばしました。

「治安はいいし物価は安いし気候はいいし」。この国の魅力はそれだけではありません。陽気で親切な人々とのたくさんの出会い。カンガルーやコアラだけでなくマツカサトカゲやハリモグラ、タスマニアンデビル・・・日本にはいない珍獣たちにも遭遇しました。

でも、なんといっても最大の収穫は、伴侶となる奥様との出会いです。

オーストラリアには9カ月間滞在。「アラウンド・ザ・ワールドチケット」を購入してカナダからヨーロッパ9カ国を回って日本に帰国しました。

●32歳で起業。メンターに導かれて

帰国後はバブル経済最盛期。心配した再就職先も難なく見つかりました。コンピュータソフト開発の会社でシステムエンジニアの仕事。大学時代にかじった情報科学の知識が役立ったのです。

「コンピュータって面白い!」新たな仕事の楽しさを発見した中澤さんでしたが、5年後にはバブルが崩壊して会社が分裂。32歳の中澤さんは、迷わず起業という道を選びました。フリーランスのシステムエンジニアとして「シージェイソフト」を開業したのです。

頑張りがそのまま稼ぎになる。そんな自営業者のやり甲斐や面白さを実感したものの、しばらくすると疑問を感じるようになりました。「企業の目的は何なのか。お金儲けが目的だとどうしても、自分が会社を作る事をイメージしてもハッピーエンドにならない。なぜだ~?! 」と。答えを求めて講演会やセミナーなどに顔を出しました。

転機は43歳で出会った起業家の中村文昭さん。「お金でなく、人のご縁ででっかく生きろ」の言葉に感銘を受けたのを皮切りに、次々とメンターが現れました。

松下幸之助が神様と呼ぶ小豆島出身の経営者、高橋荒太郎さん。路上詩人てんつくマンさん・・・。沖縄出身「まーちゃんバンド」のライブではボランティアとして参加し、その影響で自らお嬢さんが通う学校のPTAの会長となってゴスペルコンサートを開いたことも。

そして2011年4月1日。「逆境にまさる師なし」のセミナーで木村会長にたどりついた中澤さん。「これや! と思いました」。PLの数字を追求しても分からなかった企業経営の極意がBS経営にあったといいます。

「私も来年は50歳。ちょうど同じ歳にマイナス230億円で再スタートされた会長に対して、私はほぼゼロの状態です。ここからスタートして20年後に目標設定すれば、いまの会長みたいになれるのではないかと新たな希望が見えたのです」。

中澤さんは、まずゴール目標を2023年に設定し「自らの会社経営でBS経営を実現する。そしてBS経営を支援する会計販売管理・給与管理ソフトウエアを開発し、日本の企業を元気にする」と、ビジョンを「60歳からの手紙」にまとめました。

その内容は次の通りです。

「48歳の後半から始めた毎年の目標設定、実行も10年以上続けている。おかげさまで60歳になった今でも健康に仕事を続ける事ができ、本当にありがたい。53歳で起こした会社「空(Sola)コーポレーション」は今年2023年で8期目を迎える。『空コーポレーション』はソフトウェアサービス事業『シージェイソフト ブランド』と教育事業『スマイルエデュ ブランド』の2つの事業部でスタートした。ソフトウェアサービス事業は主力パッケージソフト『BS経営支援、ERPパッケージソフトウェア Sola』によって、お客様の強い経営基盤を作るお手伝いをさせていただいている。

教育事業部は、幼稚園での英語教室運営を中心として各種セミナーの企画・運営を行う。幼稚園での英語教育を通じて幅広い価値観を持った人間作り、セミナーを通じてより豊かな人生を提供する為に事業展開している。

また、ソフトウェアサービス事業のお客様向けにも各種セミナーを主催させていただく事により、顧客企業の方々から社員の皆さんが明るくなった、仕事が楽しくなったと喜びの報告をいただいている。

シージェイソフト事業部では、順調に顧客数を増やす事ができ、今では1000社のお客様を持つまでになった。わが社の主力パッケージソフト「BS経営支援、ERPパッケージソフトウェア Sola」によってしっかりした経営基盤を構築したお客様が増え続けている。スマイルエデュ事業部も契約していただいている幼稚園は200校までになった。

「空コーポレーション」の社員も100名体制になり、オープンブック経営により皆、経営社員として日々成長している。内部留保額も20億円を達成し、社員1名あたり2000万円を超える事ができた。次の5年で社員1名あたり内部留保額5000万円を目指す。

また、起業時から続けている社会貢献活動も年々広がりを見せている。地域の清掃活動、毎年の植林活動、心援隊が企画している自然体験合宿も支援させていただいている。海外への事業展開も3年前から始まっている。共に成長する精神でその国に馴染んできている。

真の地球企業として、これからいろいろな国の人たちと仕事をする基盤を作り始めている。次の10年が実に楽しみである。中澤 良二 2023年7月1日」

 

発表が終わって木村会長は、次のように講評されました。

「中澤さんが素晴らしいのは、身の上に起こり得ることを全て肯定的にとらえることやね。60歳からの手紙は特によかった。数字が入っているのがいい。目標を公言すればもっともっと大きなメンターに出会えるよ。私は早くして亡くなった父から3人のメンターを授かった。貧乏・困難・苦労というメンターを。逆境こそ自分を磨き、成長させてくれるメンターなんだ」と。そして「BS経営のソフトは私がずっと欲しかったもの。つくってくれたら、めちゃうれしいわ。どうかいいものを作ってください」と絶賛されました。

また、そのポジティブな生き方と「何くそ根性」に、参加者からも熱い感想が寄せられました。中澤さん、ありがとうございました。

レポート:池永美佐子

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