2016年3月8日 第82回木村塾やってみよう会 会合報告

山出光文さんの我が人生を語る

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  1. 出版について

 今回、山出さんは二度目の「我が人生を語る」でした。本を出版したことで、再度棚卸をする機会として今回の「我が人生を語る」が行われました。

 最初に「なぜ出版できたのか?」というお話をして頂きました。初めての発表後、木村会長から「50歳までに出版せい!!」と応援して頂いたことがスイッチのきっかけで、このスイッチのお蔭で本を出版することはできたそうです。ただし、出版するにあたって様々な障害や問題がありました。

 本を出版するにあたり、山出さんは様々な編集長と会うようになりました。なのに一向に良い返事がもらえませんでした。各出版社が断る中、その理由が分からなかった山出さんは「なぜ自分が出版できないのか?」と、ある編集長に聞いてみました。

 

 「君は乙武くんじゃないから・・・」

 

 「そして山出さんは障害者に見えない、乙武君は五体満足だから見た目が印象的で、本のカバーにもインパクトがある」「(それに比べて)あなたは普通だから出版できない」そう山出さんは告げられました。そんな逆境の中、お金の自己負担やセルバ出版さんの協力があり今回念願のご自身の本を出版されたそうである。

 

  1. ご両親について

 ただあの編集者の「普通」という言葉については、山出さんはプラスの面として捉えられていました。むしろ自信にも繋がったと仰っていました。なぜなら山出さんは、ご両親に今まで健常者として育てられていたからです。

 山出さんが生まれたとき、お医者様から、自分の子が不治の病と聞かされたお母様は相当ショック受けたそうです。そんなお母様に、お父様が「それでも私たちは子供のために生きなければ、そして前向きに生きなければならない」と励ましたそうです。そして山出さんのご両親は、山出さんを障害者としてではなく、健常者(普通)として育てることに決断されました。

 ただ健常者としての山出さんの困難はここから始まります。初回の「我が人生を語る」でも述べられていましたが、山出さんは「昔から健常者と一緒にいることが辛かった。理解してもらえないことが辛かった。」と仰られています。

 例えば、小学校に入学するときに、山出氏は悔しい思いをしました。それは山出さんが入学するためにテストを受けたことです。それは校長室で厳格に行われました。異様な光景だったので鮮明に覚えているとのことです。そしてその1週間後、合格の報告が来ました。この時、家族全員で喜びました。ただ時間が経つとある疑問が浮かんだそうです。

 

 「義務教育は誰でも受けられるのに、なぜ自分だけテストをしないといけないの?」

 

 これは山出さんを差別した学校の判断であり、それに対してものすごく悔しい思いをしたそうです。そして、この悔しい思いがあったからこそ、山出さんはその後の様々な虐めに耐えられました。

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  1. 渡米について

 そのような少年期青年期を経て、山出さんは学生になり、アメリカに留学に行きました。

 理由としては二つあります。「一人で生活をしてみたかったこと」そして「英語が好きだったこと」です。そして、アメリカで学んだことも二つあると言います。一つは「人との接し方」、もう一つは「アメリカでは指を指されない事」です。

 アメリカでは子供が自分に向かって「あれ、なーに?」と指を指して言う事はほぼいません。仮にあったとしても、その親がその場で叱り教育します。「人に対して何てことを言うんだ!」「あの器具はハンデキャップを助けるもので、その方は困っているんだよ。だから助けてあげなさい。」と。

 そしてアメリカでは山出さんと話すときに、目線を合わせてしゃがんで話すことが普通です。日本では上からの目線で話すことが当たり前だったので、これには驚いたそうです。このようにアメリカではハンデキャップを背負った方たちに対して、国民の理解やそれをカバーする文化が進んでいます。それに比べて日本はまだまだです。それを山出さんは「雇用」という観点で問題と解決策を述べてくれました。

 

  1. 障害者雇用について

 日本では700万人~750万人もの障害者がおり、雇用されている方はその中でも40万人ほどであり、短期の雇用を含めて75万人ほどになると山出さんは言いました。そして法律では100人の雇用に対して2人の障害者を雇用することを義務付けられていること、そして、現状ほとんどの会社ではその法律を「守るのではなく、破り、見つかった時に罰則を払えばいい」と考えており、障害者の雇用はいまだ問題を抱えているのが現状と述べられていました。

 山出さんには喫茶店でよく共にするコーヒー仲間の社長たちがいます。彼らもこの問題に対して頭を抱えています。そんな仲間に山出さんはこうアドバイスをするそうです。

 

 「まずはお話してはいかがでしょうか?」と

 

 続けて「同じ人間なので話せば理解できる。そして話を聞いたうえで、できること、できないことをしっかり考えて雇用していけば良いのではないでしょうか」と。まずは話してみること、そして話さなければ相手の理解なんて一向にされない、話すことが相手への理解の第一歩だと。コーヒー仲間の中で実際に実行された方もいるそうです。彼はその経験を経て、行動して良かったと山出さんに伝えてくれたそうです。

 

  1. 夢について

 最後に山出さんは自分の今後のビジョンを語りました。

 ①まだまだ講演する機会があるのでどんどん講演していくこと(今年30回以上)

 ②60歳で『坂本光司氏』の大学院に入り独立し、障害者雇用のアドバイザーやコンサルタントになること

 ③今年中にもう一度本を出すこと。そしてそれには今回の本で書けなかった内容を盛り込んだものを出版するということ。

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  1. 質疑応答

Q:山出さんはなぜそんなに前向きなのか?

A:母に言われた「できない事に目を向けるのではなく、できることに目を向けろ」というメッセージ、そして仲間の死に直面したことで「前向きに生かなければならない」と思うようになったから

 

Q:どんな時やタイミングで障害者の方に声をかければ良いか?

A:どんな時にでも声をかけてください。ただし後ろからはダメ、なぜなら彼らにとって後ろからは襲われることの恐怖が強いからです。またメモでもいいので、関わることを続けてください。その続けることが大切です。

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  1. 感想

私は今回の山出さんの話を聞いて自分の人との接し方について考えなおしました。私は理解できない人、価値観が違う人、などに対して閉鎖的にかかわる癖があります。ただこのような方も障害者に限らず、話さなければ何も分からないと、今回の山出さんの話を聞いて感じました。ですので、明日からもっと様々な人に積極的に自分から話しかけ、様々な人と分かり合える自分になり人生をより良い方向に変えていきたいと感じました。また自分が強い意志をもって主体的に生きれば、困難を乗り越えられ、そして願いは叶うと感じました。

 

「生きる大切さを伝える魂の語り部」である山出さんは今回も私たちに生きる大切さを教えてくれました。本当にありがとうございます。

 

レポート:田中弥大

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