2015年11月24日 第75回木村塾やってみよう会 会合報告

~我が人生を語る~  山内 雪江さん

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 『いつの日か、木村塾で、自分の人生を語るのが、夢だった』という、山内さんの夢が、今日実現しました。

山内さんは、1975年 大阪に生まれる。 4人兄弟の次女。

子どもの頃は、お母さんに、抱っこしてもらえるまで、動かないほどの甘えん坊で、欲しい物を買ってもらえるまで、

だだをこねる、かわいい子どもさんだったそうです。

そんな彼女は、今から、想像を絶する、波乱万丈の壮絶な人生が始まる事を、知る由もなかった。

彼女は、厳格な父のもと、いつ怒り出すかわからず、暴力がひどく、家の中では一切しゃべれず、いつもビクビクしながら、子ども時代を過ごしたそうです。

小学1~2年の時は、先生の言うことを聞かず、授業を抜け出したり、家では、父が怖く、命令されて育った彼女は、それが常識になっていたので、お友達にも命令することがあり、お友達と喧嘩になったりで、家では、何も話せないくらい耐え忍ぶ生活だった為、その反動で学校とかでは、外弁慶で、手の付けられない子どもでした。

それが原因で、3年生の時は、友達が1人もいなく『自分が悪くて、友達がいなくなった事を学ぶ』

小学5年の時に、仲良くなったお友達が、何があっても、どんな事があっても裏切ることなく、彼女の事を信じ続け、一緒に側にいてくれたおかげで、彼女はそのお友達から『友達の大切さ』を学び、お友達に優しく接する事が出来る子どもになっていった。

そして、小学5年の時、父の暴力があまりにもひどく、母も、血まみれになる事もあり、母と兄弟は、夜逃げをする。

しばらく、兄弟もバラバラになったけれど、父の暴力から解放され、幸せな時間を過ごしていたそうです。

しかし、そんな幸せな時間は、長く続かず、母は、生活の為に、夜の仕事を始め、家事は、姉妹2人で始め、生活を支えていた。

その生活が、父に見つかり、母は父とよりを戻し、小6からまた、前の家に戻り、家族揃ったにも関わらず、父の暴力に耐える日々が始まった。

中学2年の時、反抗期でもあった彼女に、母は『お金が欲しかったら、働き!』と言われ、中学生では、アルバイト出来ないとも知らず、アルバイトする事が悪いとも知らず、毎日毎日、断られても断られても、お金が欲しいので、アルバイト先を探す日々が続いた。

そんな中、手作りパン屋さんで、アルバイトをさせてもらえる事になり、学校が終わってから、毎日毎日、休みの日もパン職人になれる程、働いた。

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そんな時、友達との交換手紙が見つかり、生活指導の先生に『タバコを吸ってる』と、疑われ、彼女は、両親がヘビースモーカーの為、タバコが嫌いなので、吸っていないと言っても、信じてもらえず、体罰を受けたこともあった。

彼女は、大人はみんな嘘つきで信用できなかった上に、生活指導の先生にもあらぬ疑いをかけられ、大人への不信感は強まるばかりだった。

そんな時、彼女を信じ続け、守ってくれた、恩師(担任の先生)のおかげで『いい人との出会いで、人生良くなる事を学ぶ』

高校生になった彼女は、高校生になっても、アルバイトに明け暮れていた。

そんな中、アルバイト先で、木村会長の娘さんと出会う。

娘さんとの出会いが、運命を変える事に!!!!

父に殴られるくらいなら、家に帰らない方がましと思い、大きな大きなお屋敷の木村会長の家で、住ませてもらったり、制服のまま河川敷で、野宿したりして、過ごしていた。

高校卒業後は、バスガイドになり、寮生活を始めるものの、OLになりたくて、バスガイドを辞め、OLになる。

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家に帰ってからも、父の暴力は治まらず、OLしながら、ラウンジでも働き、お金を貯めた。

高校3年生の時から付き合っていた彼と、親の反対を押し切り、ハワイで挙式。

ハワイから帰国し、上の娘さんを授かり、これで幸せになれると思い、信じていた。

そんな中、2005年、30歳の時、長女9歳・長男5歳、念願の家の着工当日、旦那さんが失踪。

一気にどん底へ!!!

誰にも相談出来ず、1人で2人の子どもさんを育てながら、家のローンも支払いながら、旦那さんが帰って来ると信じ、営業の仕事をしながら、過ごす日々。

親にも子どもの面倒を見てもらえず、息子さんを、児童相談所に連れて行かれそうになった事もあった。

彼女自身が限界に来たとき、娘さんに『死のう』って言ったら『いいよ』って言われ、その時我に返り、頑張らないといけないって思い、ありがとうを言ってなかったお友達に『ありがとう』って電話したら、普通じゃない彼女の様子を察したお友達が、飛んできてくれて、抱きしめてくれ、1人じゃない事を知った。

そのお友達は、毎日子どもさんのご飯を作りに来てくれるようになった。

そんな矢先、義理の妹さんが、彼女の弟さんの暴力が原因で、彼女の所に、逃げてきて、1年という約束で、2人で覚悟を決め、自分の子どもの母親代わりもしてもらいながら、妹さんは、幼稚園の先生として働き始め、1年4ヶ月、一緒に共同生活を始めた。

その後、別々の家で生活を始めた矢先、彼女は会社の上司に毎日毎日怒られ、うつになり、倒れ、家も車も健康も、全てを失ってしまう。

入退院を繰り返す、辛い日々を送っていた。

そんな中『絶対に変わる!!!』って決めて、彼女は、2013年の6月(父の日)に、父に会いに行き、今までの事を話し、和解しようと思ったけれど、お父さんは出てきてくれず、会えなかった。

そんな状態でも、彼女は、心の中で『大きな1歩を踏み出した』と確信した。

そして、後日、お父さんから連絡があり、2014年のお正月に会い、和解した。

その頃は、電車に乗るのもままならず、歩く事もしんどい状態の中、木村会長からお借りしていた本を返す為に、2014年1月14日、木村塾のやってみよう会に参加。

今まで、自分が苦しい時、ターニングポイントで、必ず誰かが助けてくれたおかげで、今の私がある。

『恩返しがしたい』

自分が元気で、明るく過ごす事が、恩返し。

自分みたいに苦しんでいる人に寄り添い、恩返しし、そんな人達に、勇気を与えていける人になりたいと思っています。

以上。


彼女の、壮絶すぎる人生に、参加された皆さんが、涙を流し、淡々と語る彼女の話を聞いていました。
『生まれてきてくれて、ありがとう』
『生きててくれて、ありがとう』
『語ってくれて、ありがとう』
新たなステージに向けて、歩みだした彼女の、輝かしい未来に、たくさんのミラクルハッピーが、降り注ぎますように


 

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木村会長のお話
『やってみなわからん やったことしか残らん』       
『自分にチャンスを与える』
『逆境に勝る 師なし』                       
『50歳になったら、我が人生を語る』
『ピンチはチャンス』ピンチがないと、チャンスはない。   
『変化(ピンチ)を、怯える人⇒出来ない理由を考える
『大ピンチは、大チャンス』                   
チャンスと捉える人⇒出来る方法を考える
『豊かさは、人を成長させない』              
『逆境を作るくらいの人生の方が良い』
『失敗を恐れるな』                    夢+日付=目標  ビ
『自分が生き方を決められる』               夢+数字=計画  ジョ
『自分がちゃんとやるという事が、恩返し』         夢+形 =経営  ン


私は、初めて参加させて頂きましたが、色々な氣づきや、学びがあり、貴重な経験をさせて頂きました事に、心から感謝しています。
ありがとうございました。
                                               杉本 幸江

 

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