2015年11月10日 第74回木村塾やってみよう会 会合報告

征矢竜太郎さんの我が人生を語る

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 全ての人生を面白く。
 それが征矢竜太郎さんの掲げた人生のテーマであり、同時に、今回の我が人生を語るの発表テーマであった。
 そして彼は開口一番にこう語った。
『世の中はもっと面白くできる、ここ最近までは不安でしょうがなかったのに、今は人生が楽しくてしょうがない』
 溌剌と語る彼の顔は、これからの我が人生を語るにおいて、実は重要な伏線だった。

 今回の我が人生を語る、は今年で三十になる彼の人生が十年ごとに分割されており、それら全てが丁寧にまとめられていた。
 それらの全てを見ると、なるほど、人とは明らかに見た目だけではないのだと知らされるものだった。
 人が見た目だけではないだなんて、何を当たり前のことを言っているんだと思うかもしれない。私という個人も常にそう思っていたが、今回の発表を聞くまで、それを言葉の上でしか理解していなかったのだと思い知らされた。
 征矢竜太郎さんは明るく、朗らかで、溌剌とした人である。まるで人見知りなどせず、常に堂々としており、クリエイターとして実に優秀な一面も見せる。そう思っていた人は、今回の我が人生を語るを聞いて、実に驚いたことだろう。事実、私は今回の発表を聞いて、実に驚いた。

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 最初の十年の頃に彼の人格の大半は出来上がったと行って良いだろう。
 子供の頃に書いた絵が両親に褒められ、それが自信というものに繋がり、どんどんと絵を書く。そしてそれが好きになり、いつしか彼はクリエイターとなっていた。頭もよく、学校の勉強も卒なくこなすことができた。勉強に加えてゲームを創り、それらを友人の皆と遊ぶ、ということも多々やっていた様子だ。それらのゲームを遊んでいた友人とは、今なお交流があるという。
 一方で、それらの絵を発表をしたり、人前に立ったりするのは苦手だったと言う。あっという間に上がり、赤面してすぐに周りにからかわれたのだという。体が弱く、それが一層のコンプレックスだったのかもしれない。内向的であり、新しい友達を作るというのが苦手だった。
 次の十年でも似たようなものだった。中学校は何を思ったか受験をして、早稲田へと行く。その際たる理由が『面接がない学校を受験したい!』というる理由だったと聞いて笑ってしまったものだ。どんな形にせよ、実に力になりやすい。
 中学生、高校生になってもやることは基本的に何一つ変わっていない。絵を書いて、ゲームを創ってばかりいたという。おかげで勉強は壊滅的だった、のかと思いきや高校生になってからは嫌に勉強もできて、上から数えたほうが早かったと言う。
 そして高校時代、一体何を思ったのか彼は応援団の部活動に所属した。体を最大限動かさない運動部に入りたかった、と言っていたが、もうその最たる理由は自分でもよくわかっていない様子だった。
 実際にやっていたのはハードスケジュールなトレーニングだったが、それでも辞めることがなかったのは生来の真面目さ故であるのは疑いようがない。姿格好だけは実にヤンキーなのに、態度は品行方正だったという。只、体の弱さは克服できず、体育では常に下から数えたほうが早かったくらいだったという。

 その後大学に入り、手品と出会ってそれを延々とやることとなった。高校の頃のいわゆる硬派と呼ばれる側だったのに、大学に入ってから一転したのである。
 余談ではあるが、マジシャンは実にモテるという。人材としてのレアリティが高く、楽しいことをやれるマジシャンは当然モテるだろう。只、ここで彼のダメな部分が露呈した。定められた台本があれば滞りなく進行できるが、その実、アドリブには実に弱いそうだ。
 最後の十年、大学を卒業し、社会に出て今の彼になるまでの話だった。
 マジシャンとしても半端であり、言い訳をして練習をサボっては後悔したこともあるという。勉強も半端に終わらせ、体の弱さは克服できないままだった。何でも出来たが、決して何かに一番になることはなかった。思えば、リクルート時代にも二番になることはあっても、決して一番になることはなかった。
 いろいろなことに手を出しすぎて、器用貧乏で終わってしまった。虚弱体質もあり、孤独を感じることも多かった。
 何でも一人でできてしまった弊害と言って良いだろう。何でも一人でやろうとしてしまったのだ。最初の会社に入って、それで痛い目を見たという。もっとも、そうでなければ案外今でも孤独を抱えていたままだったかもしれない。
 けれども振り返ってみれば、それらの全ての思い出が宝物だった。

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 ターニングポイント、自分の弱点、強み、自分がこれまでしでかしてきた事件等。
 特に自分の強みと弱みをきちんと一つずつ語るその姿は、ありのままの自分を受け入れるという姿勢がはっきりと見えていた。
 今まで抱いてたコンプレックスの全ては、視点を変えれば利点になりうるのだ。
 二番手にしかなりえないのならば、世界一の二番手になればいいじゃないか!
 朗らかに笑う彼の顔は、これまでの人生の重たさを感じさせるものだった。

 征矢竜太郎には、三つの顔がある。
 一つは株式会社マジックポットのCCO(chief operations officer)としての顔。
 一つはインディーズゲームサークル『ヨツツジエコー』としての顔。
 そして最後の一つが、妻と子に向ける、親としての顔である。
 そしてそれらの顔全てで、彼は自分の人生のテーマを一貫させていた。
 全ての顔において、彼は決して妥協することはなく、全力で走り続けている。最終目標として掲げた言葉と数値は、その場にいる誰もが納得出来るだけの理由があった。
 『明確なビジョンがあれば人は付いてくる、言葉と数字が必要である』と、最後に木村会長はそうやって纏められた。言葉だけでは人はついてこないし、そこに明確な数字がなければ誰も信用されない。そういう意味で、最後に征矢さんが叩いた大口は完璧なものであった。
 達成不可能な目標ではなく、その上でビジョンからはまるで外れていない。
 今回の発表で、征矢さんは肩の荷がひとつ降りたという。これまで誰にも見せてこなかった自分の欠点、自分の弱点、それら全てを含めて自分なのだと、彼は笑った。

 ところで彼はゲームを作っている。『ヨツツジエコー』という名義で作られたそのゲームは、実に完成度が高い。
 社会人になって作ったゲーム『蟲ノ眼』。これもまた、彼が一人で作ったものだった。これを皆の前で発表するのは、実に勇気がいったことだろう。だが、それを堂々たる態度で発表すると、その後に誰もがそれを褒めちぎった。
 私と彼の出会いは、このゲームであった。今では信じられないことに、こういう場に呼ばれるまでのお付き合いをさせてもらっている。このゲームがなければ、きっとすれ違うことすらなかっただろう。
 今回の件は、私にとっても人ごとではなく、実に勉強になる内容であった。
 誰の人生にも宝がある。そして誰も決して、その顔だけがその人ではない。
 征矢竜太郎さん、発表ありがとうございました!

 レポート:柳澤光徳

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