2015年10月27日 第73回木村塾やってみよう会 会合報告

講演 株式会社 J-DREAM 代表取締役 木山 修助 様

テーマ 「依存型から自立型へ」

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 昨日の講演を聞かせて頂いて、総括的な感想として、やる気、前向き、漲るパワーの源としてまずは、「自分への承認」が必要だという事です。

 代表の木山修助様は、現在、自社の代表の他、業界団体の初代理事長、アジア諸国の新興国とのパイプ役を担う会社の代表と、本当にバイタリティー溢れる、パワー全開の人というイメージがありましたが、実は、そこに至るまでには、数多くの挫折と苦悩を乗り越えてきたという過去がありました。

 

 元々生まれ育った場所は、大阪市西淀川区の中島という地域。

大阪市と尼崎市の境にあり、昔は、日雇い労働者が多く、周りには「飯場」と言われる、毎日、仕事を探しては、その日暮らしをされている人が多い場所で育った。

決して、柄の良い地域では無いが、幼少期から、そのような人達が周りに多かったため、大人になってから、「偏見」という観念は、非常に少ない人間になっていた。

 木山氏の父親は、そのような人達からは、「オヤっさん」と呼ばれ、慕われていたが、実際には、何の職業かは、当時、分からなかったという。(カタギである事は間違いないが。)

 

 在日韓国人として、小さい頃から、「強くなければならない」という意識は強かった。

正月になると大勢の親戚に囲まれ、その頃から、大人との接触が多く、接し方も、その頃から、磨かれていた。

 そして、木山氏が10歳の頃、家業であるパチンコ屋の経営が始まった。

 

 一女三男の次男として、生まれ、その頃から、依存型であった事を木山氏は言う。

例えば、小学校の卒業文集。

「大きくなったら、お父さんのベンツを貰い・・・。」など

 

 昔から、勉強は常に学年で、上位で、中学時代は、5教科の平均は450点を下回った事は無く、塾の知能指数を図るテストでは、異例の150という数字。ここで、少し、間違った優越感に浸ってしまう。そして、高校受験では、志望高には、受からず、地元の公立高校に通う。

そこでまた、「強くなければならない」という想いから、アメフト部に入部するも、体格差で他の人とは、張り合えないという事で、本人曰く、クラブの選択を間違ったという。

しかし、3年間、周りのフォローもあり、止めずに、3年生の時には、公立高校ながら、私立の強豪高に勝利するという体験をする。

 この高校時代から、家業のパチンコ屋のホールスタッフとして、アルバイトをする。

同じ町の他のパチンコ屋に比べ、自分のパチンコ屋は、店構え・内装と劣っていたと感じていた。

 そして、その当時から、両親からは、3億円の借金があると伝えられていた。

 

 高校を卒業してからは、非常にモテた時期である。

 しかし、本気のお付き合いは、無かった。

 

 22歳からは、仕入れ先でもある、パチンコメーカーに入社する。

その時、営業には、回らせてもらえなかったが、部品部という非常に、パチンコ業界の裏側が見える、特殊な部署に居たおかげで、業界の内情を教えて頂いた。

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 そして、ようやく、自社に戻り家業を法人化し、人生の節目でもある、結婚をする。

帝国ホテルで、総額2,000万円のド派手な披露宴を挙げるが、新婚当初から、男は仕事をして、夜は外食、そしてそれが、何が悪い。との間違った想いがあり、結婚生活はうまくいかず、2年で離婚する。

 そして、深い悩みに入り、うつ状態になるが、その時、兄弟や、周りの人達が助けてくれた。

 その時に、やはり、産んでくれた、お母ちゃんには一生かなわないと思った。

そして、もう一回やり直そうという時期に、夢に、地元の神社が出てきた。

その翌日から、元々、掃除をしていた、地元の御婆さんから引き継ぎ、毎朝神社掃除を行うようになる。次第に仲間も、その掃除に加わり、最終的には、その神社の回収工事にまで至る。

 掃除を初めてから一年、新たな気持ちで、また事業に専念する。

 

 前向きな気持ちになると、出会いも良くなる。

 運命的な兄貴分的な存在との出会い。

 

 人財育成に力を入れ、業界的には、下がり気味である中、何とか、新店舗のオープン等、業績を向上させる。もちろん、借入金も完済。

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 現在では、アミューズメント業の他、新興国からの技能実習生の受入をする会社

「株式会社 アジアの力」を今年の6月に設立。

また、新たなチャレンジが始まる。

 

経営理念の

 「ありがとうの心と心で 人と人をつなぐ 未来の情熱」の精神で、まずは、大阪一の会社を目指す。

 

BSビジョンも本業のアミューズメント業で15年後の自己資本比率を5倍

新規事業では、15年後、自己資本比率を現在の100倍を目指している。

 

 8年前に受けた、ある研修で自分宛てへの手紙を書いた。

 

 それは、今でも、大切にしている。

 

 

 自身のモットーである。

 「自分の夢を諦めない」

 「仲間の夢を応援する」

 

そして、自己承認である

 「依存型の自分でもいいじゃないか」という風に、みんなの前でも言えるようになった。

 

 また、これからも、自分の夢・仲間の夢 と共に成長していきたい。

 

 

まだまだ、聞きたいという講演でした。

楽しみにしております。

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平成27年10月27日 前田 繁孝