2015年7月14日 第67回 木村塾やってみよう会 会合報告

67回1第67回木村塾やってみよう会「我が人生を語る」は理学療法士であり、
現在は株式会社Sorcier creation du reve にて取締役をされている嶋田昌弘さん。

まっすぐで素直な気持ちを発表されており、聞いている方も晴れやかな気持ちになりました。
嶋田さんは、三池炭鉱で知られている福岡県の大牟田で精肉店を経営する家で生まれ、
3歳までは向こう見ずなやんちゃ盛りの鉄道好きな子供だったとのこと。
小学生時代には泣き虫で心と体を鍛えるために少林寺法を習い、緑帯になったが
挫折してしまった。よくいじめられたりもしたが担任の先生に支えられて素直に過ごせた。
中学生時代は進学に有利になると勧められハンドボール部に所属。
勉強を頑張り、地元では有名な進学校に進んだ。
高校時代もハンドボールを続けたが顧問の先生と合わず、退部。
2年生からは好きな時代劇の影響もあり
演劇部に所属。楽しくて、非常に打ち込み3年生まで続けれた。
勉強も引き続き頑張った。
また生徒会で会計に携わるなど高校時代は積極的に過ごした。
大学受験、ここで初めて挫折を味わうこととなる。
国立大学を受験するも落ち、ボランティア活動に参加した経験から
理学療法士を志し、専門学校を受験するもなかなか受からず、悶々とした。
嶋田氏は「自分の気持ちが弱かった」と語る。

67回2
やっとの思いで岡山の専門学校に受かり、学びだした。
実習のレポートを徹夜で作成し、提出するも赤点ばかり。
気持ちも折れそうになりながらも担任の先生のサポートもあり
無事卒業。第一志望のリハビリを事業とする会社に就職出来た。
1~2年目は先輩方のサポートもあり頑張れた。ただ、年収の低さが
心のどこかに引っかかっており、職場でも愚痴ばかりの環境。
人生は嶋田さんにターニングポイントの扉を開こうとしていた。
これでいいのかと自問自答した。仲のいい副業でも稼いでいる
先輩の「29歳人生決定説」を聞き、一大決心をし、思い切って京都に移り住んだ。
そこからの嶋田さんは活動的だ。京都で婚活パーティーを主催し、いろいろな
勉強会にも参加。そして婚活パーティーを運営していたときに今の会社の社長に
出会い、木村塾を知り、木村勝男会長とも出会った。
それから出会った方からたくさんのことを学び、気付き、
努力を続けて、現在は取締役として会社経営に励んでいる。

振り返ると9年間、理学療法士として働いてきた。
「私を育てた福岡の大牟田に恩返しがしたい」と嶋田氏。
35歳までに伴侶得て、36歳で福岡にて理学療法士として培った経験を生かして
健康増進のための事業を起こす。
貯金を500万、41歳には1000万円、51歳までには1億円!と夢は大きく、これからも多くの人に支えられ、挑戦をし続け、ぜひ達成してもらいたいと思いました。

67回3
◆木村会長総括
・変化はチャンス!大ぼらでもいい!10年後のビジョンを掲げて進む。
ビジョンがあれば自分とのギャップを考える。見直す行動が出来る。
・ビジョンには必ず数字を入れる!それがBSビジョン。
・課題が出来てきたら喜ぼう。課題は成長の糧!

レポート:喜田勉