2015年4月14日 第61回 木村塾やってみよう会 会合報告

2015年4月14日(火) 第61回 木村塾やってみよう会

ピンチはチャンス! 米澤 忍さんの「ジェットコースター人生を語る」でした。

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今日は米澤さんのお話を聞いてみたいということで、
新しい顔も多くみられました。
何が始まるんだろうとざわつく中、いつものように二人一組になり
ダイアード、ご新規さんは「え?え?」となりながらも、3分間
全員しっかりダイアードをして、盛り上がりの中、米澤忍さんの我が人生を語るに入りました。

 

米澤さんは現在株式会社Y’sLinksの代表取締役、そして株式会社MigLinksの代表取締役として
クリスタルホテル南千里の経営をされています。
タイトルにもあるように、「ジェットコースター」並みの人生グラフを前にしてお話を始められました。
大阪府生まれで、小学校1年生の時に両親が離婚、母親は仕事を掛け持ちし、3人の子供を育てられました。
いつもいつもしんどそうな顔をしていた記憶があります。
高校卒業後は早く働いた方がお金が稼げると思い、就職。
スポーツメーカーで受付。当時バイクにも興味があり、近くで見たい!ということで、
レースクイーンに。レースクイーン仲間にモデルの仕事をしている人がいて、
これは私もできるのではと、19歳でモデルへ転身。
バブルで非常に仕事もたくさんあったようです。
若くしてベンツに乗るぐらいの収入も得ていました。
21歳の時、29歳の実業家と“玉の輿に乗った!”笑と思いながら結婚。
長男が生まれ、次男が生まれたころ、夫の借金が発覚、
借金取りが来て、本当に苦しい日々でした。
時給200円の内職をし、ボロボロ涙が出ました。
あの華やかな仕事をしてた自分がなぜ、、、
夫のせいにしました、夫に不幸にさせられた、そう思いました。
離婚したほうが稼げるのではないか、、、33歳で離婚。
1000万円稼げる仕事を見つけたので決意しました。
1000万円というのは、両親がいる家庭よりも経済的に劣らない収入です。
入った会社は工場に特化した人材派遣の会社。
100人入って1人残る、というような飛び込み営業の仕事でしたが、
目標があった米澤さんは必死でやりました。
内職時代に比べ、まとまった給料が入るということがどれだけありがたいか、、、
3年後には目標以上の、1300万円の収入を得るようになりました。
経営者になりたかった米澤さんはその後独立。
出資をしてもらい独立しました。年間5億円の売り上げを上げました。
しかし、儲かりすぎたため、出資者が欲をだし、考えが合わなくなりました。
売上を置いたまま、辞めました。
失敗し、経営者の夢をあきらめ、サラリーマンへ。
出版社に入社しました。
収入は1/3ほどに減ってしまいましたが、とにかく営業という仕事が楽しかった。
楽しく仕事ができる、その感覚・思いが今の社員研修のベースとなってるそうです。
広告はたくさん取れましたが、リーマンショックがあり、グループ会社の人材派遣の会社に
転籍させられました。また人材派遣、、、社員はやはり育てるべきではないのかと思い始めていたこともあり
仕事に全く燃えるものがありませんでした。
そして2012年3月、次男が東京の大学へ。
それまで毎日毎日、朝昼晩の食事を用意して忙しい毎日を過ごしていましたが
その忙しさが突然なくなったのです。
こんなふうに子育って終わるんだ、、、前年には東北大震災もあり、いつ死んでしまうか分からないとも思っていました。
私はこのままいったら、人生何も残せないな、、、
たまたま営業職という仕事に出会えた米澤さん、過去工場の面接では30000人を超える人を面接してきました。
お母さんのしんどそうな顔をしていたことも思い出し、自分にあった仕事というものに巡り合えていない人がなんと多いことか。
女性が輝いて仕事ができる、そんなステージを作りたい、そんな思いを持ち、2012年4月に独立しました。
しかし、「志」だけで独立したので、何のビジネスモデルもありませんでした。
どうすんの!?
女性を育てるというところにニーズがあると思われてた米澤さんは
とにかく発注してくれる人(経営者)に会って話を聞きました。
その数100人。
そうしているうちにも、次男の学費はかかります。スポーツで大学に行っているため
毎月かなりの金額が出ていきます。
貯金なんてあっという間に無くなります。
やばい!年内に仕事が取れなかったら就職するしかないな、、、と思いながら
参加した異業種交流会で、たまたま同じテーブルになった不動産デベロッパーのオーナーに出会い、
「女性の採用を手伝ってもらえるか」
セーフ!
仕事が決まりました。
ご縁の大切さ、本当に感じました。
頂いてる顧問料以上に価値あるものを提供したい。
想いをもって必死にやりました。
すると、その企業でかつてないぐらいの営業が育ちました。
しかも女性で。
数々のグループ企業を持たれてたオーナーに、そのグループ企業の全体の面接、社員教育、
実績を買われ、他の企業からも依頼が来るようになりました。
一所懸命やってたら、応援される。
また、自分に乗り越えられない試練はないということも今となってはわかります。
逃げていたらいつまでもついてくる。立ち向かった瞬間に解決する。11156415_758709447578492_7305785269842177377_n

2014年から今のホテルを経営していますが、
勿論ホテル経営は未経験です。
以前より、オーナーから、グループ会社のホテルの経営も見てほしいと言われており
アドバイスをするも、ホテルの社員は皆ベテラン、素人の米澤さんの話に耳を傾けるはずがありません。
全てNO!で返ってきます。
しかし、経営は真っ赤。
オーナーな決断しました。
「米澤さん、やって!」
2014年2月26日の話です。
もともとホテル経営をやりたかったわけではありませんが、ちょうど同じときに相談に来ていた
離婚したての女性。営業職としてはちょっと難しいかな~と思っていた時でもあり
この子を雇ってあげられる。そう思いました。
そうだ、ホテルという人を雇ってあげられる、そういう箱をもらったんだ。覚悟を決め、ホテル経営をすることにしました。
それから28日に新会社を設立、3月1日から引き継ぎに乗り込みました。
しかし、その後の引き継ぎは本当に悪夢のようでした。
台帳はひっくり返される、目の前30センチ(いや20センチぐらいか)で「できるんですか?できないでしょ!」と凄まれる、
今までいた社員からのパワハラ、いやがらせ、それは本当にひどいもんでした。
フロントスタッフは誰一人残ることはありませんでした。
友人知人、親友、その息子笑、ありとあらゆる人をかき集めました。
(すごい!!)
4月1日、全員素人のフロントスタッフでホテル経営スタートです。
1日目、8万円のお金が合いません。えー!!!笑
(笑い事じゃないですが、、、)
3か月たってようやくホテル運営ができるようになりました。
スタートして以来、赤字続きでした。本当にできるんだろうか、、、
しかし、「やる!」と決めたからにはやるしかありません。
全体朝礼の時に「必ず利益だしてみせます!」と言い切りました。
ひざががくがく震えました。
「言っちゃったー(根拠ないのに~笑)」
しかしついてました。
その後、海外からのお客さんも増え今は利益が出ています。11162082_758709310911839_5211840238973816332_n

「社員が喜んで働く」そんな会社にしたい、
そんな思いをもって働いています。

そして今思うことは、
・考え方次第で幸も不幸も自分次第
・逃げていてはいつまでも解決しない
・試練に立ち向かった時に好転する
・信ずれば成る

10年後のビジョンは、10個の会社、1億円の総資本、社長を作る会社をやります。
夢のある会社を経営していきます。

お話のあとの質問コーナーでは、質問もありましたが
感動の声もあがり、私ももう一度何かできるのでないか、起業したばかりで
本当に良いタイミングで良いお話を聞けたなど、米澤さんのお話は多くの方に
勇気を与えました。

米澤さんは、随所に「覚悟」という言葉を使われてました。
覚悟を決めるとやるしかない、やれる方法を考えるしかなくなるとおっしゃってました。
また、とにかく目の前のことを一所懸命やる、そうすれば応援してくれる人が現れ、道は開ける、
そんなことを感じたお話でした。

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【木村会長からのフィードバック】
・カタチを変える勇気を持つ、そうすればメシの種が見えてくる。
 仕事は星の数ほどある。
・世の中、やる人、やらない人、そのどちらかしかない。
 やる人はやれる方法を考える。やらない人は言い訳をする。
・色々チャレンジすれば問題は出てくる。
 その問題を先生にできるかどうか。
・日本には現金がたくさんある、銀行は起業家には貸したい。
 お金がないんじゃない、お金を引っ張る力がない。
・成功の反対は、失敗ではない。成功の反対は、チャレンジしない、何もしないこと。
 失敗のその先に成功がある、成功と失敗は同じライン。
・今、海外からの観光客が非常に多い。大きな変化だ。それをどう捉えるか。
 チャンスはいくらでもある。それを見ようとしなければチャンスはない。
・神はその人に乗り越えられない壁は与えない
・脳は騙しやす、良いこと悪いこと考えたようになる。
 是非いいように騙すこと

レポート:門浦 智