2015年4月28日 第62回 木村塾やってみよう会 会合報告

10995798_819535788125727_679978288168114406_n2015年4月28日(火) 第62回 木村塾やってみよう会 茂山富寶さんの我が人生を語る

今回は大阪駅前第2ビルで開催されました。
満員御礼でした。
まずは二人一組ダイアード。
熱気冷めやらぬ中、茂山さんの我が人生を語る、始まりました。

11193307_764131723702931_9199515505402223159_n
1975年、大阪鶴橋と上本町の間で生まれました。
大阪在日2世の韓国人の父と在日中国人と日本人のハーフの母です。
おじいさんも長男、お父さんも長男、茂山さんも長男です。
しかも、茂山家で初めての男。
これは何が何でも絶対に1番にならなあかん。
名前は富寶と名付けられました。
富に寳(宝)、素晴らしい名前です。
小さいときの写真も1枚披露されました。
おかっぱのかわいい子供です。

おじいさんは実業家でした。
でも仕事したことを見たことがありません。
10人ぐらい孫がいる中で、富寶だけ特別扱いです。
生駒にあるおじいさんの大豪邸。
センチュリーで迎えに来られます。
※他の親族はバスとかで行ってるにも関わらず。

おじいさんは韓国から飯が食えない!ということで日本に来ました。
実業家で、いろいろな仕事を手掛けられ財を成されました。
おじいさんからは、とにかく医者になれ医者になれと言われました。
子供のころ、それが嫌で仕方なかったそうです。
小さいときから非常に明るく(見たまま)、腕白で(見たまま)、
お山の大将(見たまま)だったそうです笑

中学の時に人生大きく変えた出会いがあります。
同級生の食野君です。
のちに彼は東大を首席で卒業し、台湾大学へ留学します。
茂山さんとはまさに凸凹コンビです(失礼!笑)
茂山さんは食野君のことを、お兄ちゃんと呼びます。
同級生です笑

中学2年の時、お兄ちゃんに言われます。
「茂ちゃん、高校行くの?」
「そりゃ行くよ、どっか行けるやろ」
テストしました。全く点が取れません。
「茂ちゃん、家庭教師したるわ」同級生です笑
まずは勉強の前に、部屋の掃除から。
環境が大事だと言います。
そしてお兄ちゃんに言われます。
「これからの時代、大学行っとかんと時代に取り残されるで」
同級生です笑
小学校、そして中学2年まで全く勉強してこなかった茂山さんですが
中学3年になり、お兄ちゃんに家庭教師ついてもらいどんどん成績が上がります。
クラスでもほとんどビリだったのが、40番を切ります、30番台も切って20番台にと
どんどん良くなります。
茂山さんは、桃山学院高校に行きたかったのですが
茂山さんの性格を見切っているお兄ちゃんに言われます。
「あかん。茂ちゃんはな、高校行ったらどうせ勉強せーへんねんから、大学へ行ける付属の高校にし」
同級生です笑
そしてお兄ちゃんの指導の甲斐あり、近大付属高校に見事合格します。
お兄ちゃんも最大の目的である甲陽学院高校に見事合格します。
茂山さんの家庭教師をしながら、自分も結果を出す。
素晴らしい人物です。11195351_764132977036139_65487788_n

高校でも、また出会いがありました。
悪友の中島大介さんです(笑 次回、我が人生を語ります)
「大ちゃん、高校っておもろいな~、さすが私立やな~!」
非常にエキサイティングで楽しい日々を過ごします笑

大学進学を意識しだしたとき、なんかもやもやしたものがありました。
高校ではアメフトをしていましたが、現実も厳しく思うようにいきません。
そして急に「アメリカ行くわ」と思い立ちます。
言ってしまったからには行くしかありません。
行きました。
ホストファミリーは警察官のホストマザー(夜勤)と14歳の男の子。
茂山さんは当時19歳ですのでやんちゃし放題です。
そしてなんとその場にいた人と喧嘩になり、警察に厄介になります。
「これは怒られるな、、、日本に帰らなあかんな、、、」
そう思っていたらホストマザーが来るやいなや、笑って
「体大丈夫か?」
本当に悪いことしたなと反省しました。
1年間の留学生活、本当にお世話になりました。
そんなホストマザーとfacebookでつながり、今年6月会いに行かれるそうです。

当時お父さんは不動産屋を経営しておりましたが、
うまくいかず、その後お母さんと一緒に飲食店を始めました。
8店舗ほど展開していて、売上も4億ほどあったそうです。
帰国した茂山さんは大学には行きません。
今まで自由奔放に育ててくれたお母さんに激怒されます。
大学行かないなら家を出なさい。家も継がせません。
就職するしかないなと思った茂山さんは、求人雑誌を買い
受験します。
いきなり受かりました。「なんや!世の中こんなもんかいな!」
その時4社ほど受験していました。
そのうちの1社が木村会長の会社です。
最終面接で木村会長が登場します。これがまた大きな出会いです。
面接の最後に「仕事は真面目にします。土日は日本一を目指しているアメフトの練習に行かせてください」
「日本一?なんやそれ?よっしゃ採用や!明日からこれるか?!」
入社を決めました。

とにかく課題が多く、毎週末には本を渡されます。
週明けには木村会長に本の感想を求められます。
「読んだか?」「すごかったです。良かったです」「ちゃんと読んでこい!!」「すいません」
そんな感じです。
会社の代表者でもあり、上司でもあり、そして茂山さんの最大の顧客でもある木村会長。
また、兄貴分である竹内社長ともここで出会います。
本当に多くのことを学ばせてもらいました。11182318_764131960369574_4864786894223677719_n

その後、東京で親戚が経営しているリフォーム会社を経て、独立します。

独立して鶴橋のゴルフの練習をしてると電話が入りました。
「家、燃えてるで」
「えーーーーーーーーーーーーー」
そんなことで昔の茂山さんの写真はほとんどありません。
冒頭で披露された写真は、知り合いからいただいた貴重な幼少のころの写真です。
しかし、この経験で本当に人の暖かさを感じます。
テレビで茂山さんの家が燃えていることを知った友人知人達が
色んな物を持ってきてくれます。
アパレル会社の友人は服を、同級生は20日間ほど家に泊めてくれました。

火事騒動が収まるころ、お母さんの大腸がんがわかりました。
茂山さんはまだ独立したて、売り上げを作ることに必死になっていて頃でした。
手術は成功しましたが、転移をしており、亡くなられます。
それまで、幼少のころからのいろいろな話をしました。
そして約束しました。会社を何としても潰したらあかん。
その後、お父さんも身体障がい者となります。
気持ちも沈みましたが、何とか奮い立たせなあかんとがんばりました。
お父さんも亡くなり、今思うことは、自分自身で人生を切り拓き、進んできたつもりでしたが
本当にいろいろな人に手助けしてもらってきたなということです。
だからこそ、自分も困っている人がいたら助けるんやと。
茂山さんの日頃の言動そのままを感じました。

会社は順調に成長しました。
ある時不渡りが出ました。
色んな人に支えてもらってきた、それが薄らいでいた時だったのかもしれません。
自分自身の贅沢忘れ、不平不満の嵐。
一所懸命してきました。
自分が何とかしよう、自分で何とかしよう、みんなを自分が喜ばせよう
自分でと、、、
どうしようもなく、竹内社長に連絡しました。
話を聞いてくれた竹内社長がすぐに助けてくれました。
本当に涙が出ました。
その支援でAMコーポレーションは復活しました。
子供たちの寝顔を見て、覚悟を決めました。
今までいろいろ与えられお世話になってきた。
これからはこの子たちに与えてやらなあかん。
もう一回頑張ろう。

木村会長にまた勉強させていただこうと行きました。
そして、ビアガーデンで質問されます。
「自己資本なんぼにするんや?」
「は?、、、2000万とか3000万ですか??」
「何を言うとるんや!1億円にせぇ!!」
「はい!わかりました!!」

しかし、まったく想像もつきません。
また竹内社長に相談します。
こうやってああやってとレクチャーを受けます。
そして、そのビアガーデンで木村会長と約束した通り
今期(10期目)で自己資本1億円到達します。
茂山さんはおっしゃいました。
人生の先輩の言うことは、素直に聞くことやと。
勉強するとかそういうことじゃない、
素直に聞くことやと。

ここからは、AMコーポレーションのビジョンです。
10年後のビジョンは自己資本10億円。
内部留保を1億円、スタッフさんや社員のみんなが安心できる会社にする。
自社物件を10棟、高齢者向けサービス施設、クリニック、薬局を展開。
利益だけでなく、地域に貢献するそんな会社を目指します。
挑戦し続けます。

質疑応答では色んな質問が出ましたが、
質問に対しての茂山さんのこの回答が皆さんには印象強いのではないでしょうか。

「日本にはいろんな仕事があるじゃないですか!
何でもできるじゃないですか!
僕には見栄はありません。でもプライドはあります。
だから、家族・社員を守るためなら、何でもやります!」

笑いあり、涙ありの本当に素晴らしいお話でした。
ありがとうございました。

10995798_819535788125727_679978288168114406_n
木村会長のフィードバック
・当時茂山さんがいた頃の会社から20人ほど社長(会社)ができた。
 茂山さんが一番伸びている。自己資本を物差しにしたから。B/Sビジョンができたから。
・資金を使う力、それが経営力。
・借金ではない。事業に使って活かすのは資金調達という。
・宝くじ、親からもらったお金では力はつかない。
 苦しんでためたお金だからこそ力がつく。
・売り上げを上げる⇒貯めるではない。
 貯める目標を立てる⇒売り上げの方法を考える。

 

レポート:門浦 智