2014年6月 第47回「KKFCやってみよう会」 会合報告

今回は、ここ最近木村会長から幾度となく福井にすごい奴がおると聞かされてきた噂の経営者のご登壇ということで会場は満員御礼熱気むんむんの会となりました。

 

お名前は三上良平さん 今年37歳のB型ヘビ年生まれでかなりしつこい性格だそうです。

 

生まれも育ちも福井で操業するまでは福井から出たことがありませんでした。

家族構成は妻 長女 長男 ご両親 祖母そして最近妹さんが旦那様の仕事の都合で福井に戻ってきておられるので、大家族で仲良く暮らしておられる様子でした。

 

学歴は福井工業大学付属福井高等学校芸術家音楽コースを卒業されました。

趣味はサーフィンで19歳からやっていましたが最近のご活躍で今は年に数回程度しか行けなくなりました。しかし余裕ができればまた以前のようにガンガン行きたいとおっしゃっていました。

 

家族の紹介

父は電子部品の工場を父親の兄と経営されています。もともとはトラックドライバーでした。休みになると自分の趣味に時間を使われていたそうであまり一緒に遊んだ記憶がないそうです。

母は45歳まで佐川急便の事務の正社員をされていましたので小さいときは祖母に育てられました。その祖母も外に働きに出ることとなり、小さいときは、いわゆる鍵っ子だったそうです。

妻は現在看護師 もともと高校の時の後輩でした。

 

学生時代

小学校時代はサッカー少年 中学ではいきなり文化系の吹奏楽部に入りましたが、これは校内のうわさで、入りたい部活の第3希望に吹奏楽部と書くと必ず吹奏楽部に入れさせられるというのを聞いて、そんなわけないやろと思いためしに書いてみたところ、見事吹奏楽部入りになったいわくつきの入部でした。三上氏はこのころから「やってみなわからん やったことしかのこらん」主義だったようです。

吹奏楽部ではユーフォニウムを担当しましたが、まったく面白くもなくて、中2までは全く楽譜も読めない状態でした。先輩が演奏しているのを横目に見て指の動きをまねて演奏していたそうです!(場内大爆笑)先輩が抜けてからは盗み見することができなくなり、さらに後輩にも教えないといけない立場。これはまずいと今までの遅れを取り戻すべく必死に楽譜の読み方を勉強され、音楽の面白さにも目覚めていきました。

 

この時自分ははやりだすととことんやらないと気が済まない性格で、さらにだれにも負けたくないという気持ちが非常に強い方であることに気付いたそうです。この気づきが後々大きく花開いていくとはこのときは全く思っていなかったでしょう。

 

まず練習時間でだれにも負けたくなかったそうで、学校に行くのは常に校内で一番早く大体は用務員のおじさんが校門のカギを開けに来たときには門の前で待っていたそうです。(場内爆笑)中学の時、学校の勉強が苦手でしたが、音楽の推薦で高校に入ることができました。高校まで電車で1時間かかりましたが必ず始発に乗って高校時代も誰よりも早く学校につかれていたそうです。(どんだけ負けず嫌いなんでしょうか(^_^;))

この努力が実って高3の時マーチングの全国大会で見事金賞を受賞されました。しかし武道館で演奏するという夢がかなわなかったことで、就職後、一般のマーチングバンドに入り、社会人1年目で武道館で演奏するという夢をかなえることができました。なんとせっかくここまで一生懸命されてきた音楽活動をこのときスパッとやめてしまいその後一回も楽器に触れることなく現在に至っているそうです。(もったいない・・・)

 

職歴

18歳でチューニングカーで有名な某企業に就職するも、今でいう超ブラック企業だったため半年で逃げるように失踪!この会社の社風で退職される人は全員行方不明状態でやめていくそうです。追っかけてこられて捕まったらやばいぐらいの会社だったようです。

再就職先は運送会社を選んで、4tトラックそして大型トラックを運転していました。

24歳の時、もっとかっこいい仕事がしてみたいという思いから福井の眼鏡メーカーに転職され企画や中国工場との生産調整や受発注業務を3年経験されました。すごくおもしろかったのですが社長と折りが合わずあえなく退職。

27歳の時、将来の独立開業を夢見て内装工事の会社に就職。入る前は3年ぐらい経験を積めば親方として独立できると聞かされていたのですが、独立しても大してこの仕事では稼ぎが少ないということを思い知らされ、先が見えてしまい退職

29歳の時、もっとかっこいい仕事がしたい(場内失笑)という思いから某ホテルチェーンに就職フロント、予約管理、クレーム対応を任されるようになりました。

31歳とき妻が看護学校に通いたいと言い出しました。これまでお金のことはあまり考えたことはなかったのですが、収入を上回る支出が1年続き、家の中がぎすぎすしだしました。食べるものも食べれない状態に陥り、はじめてお金のことを考えるようになりました。いったん実家に戻りトレーラーのドライバーに転職して、お金のことを勉強するようになりました。このとき立てた夢が「100万円貯金して香港の銀行に口座を作りに行く」でしたがここから運命の歯車がかみ合いだしました・・・

 

ファーストトレード株式会社とは

中国代行事業

お客様は日本国内でネット通販ビジネスをされている個人もしくは個人事業主がターゲット客です。この人たちの日中間のパイプ役として仕入れや決済、中国国内の商品管理、国際物流を代行して手配している会社です。流れはとしては、お客様が仕入れたい商品の問い合わせが入るとファーストトレードが中国で商品を探してきて輸入の手続きを行い、その商品をまとめて国内のお客様のもとに届けるというところで手数料を頂くビジネスとなります。商社との違いは商品を自分のところで仕入れを行わないというところにあります。商品代金の仕入れはお客様自身がされるので、商品に対する保証もありません。ですので手数料を抑えることができるため、結果お客様は商社で買うよりも安く商品を仕入れることができます。それとニッチな商品を見つけてお客様に届けることができます。

 

EC事業

ゴールドメン(メンズアパレル雑貨)メイン商材はビジネスバックとなります。現在は中国生産ですが、木村塾での人との出会いもあり今後バングラディッシュ生産に切り替えていくそうです。

 

経常利益と自己資本の推移

資本金100万円で創業 1年目の経常利益74万円 自己資本146万円

第2期の経常利益1200万円 自己資本950万円

第3期の経常利益4300万円 自己資本4900万円

第4期は経常利益1億円 自己資本1億円にする計画です。

木村塾に集まる多くの人が自己資本1億円を目指されていますが、その金額をなぜこの短期間で達成できそうな会社を作れたのでしょうか?

 

なぜ起業したのか?

起業したきっかけを作ってくれたのは、間違いなく木村会長だそうです。三上さんと木村会長は香港で運命的に出会われました。三上さんは香港に銀行口座を作るツアーに参加されていました。そのツアーのコーディネーターから「三上さん明日時間ある?」と誘われました。「別に予定がない」と答えると「明日よかったら私と一緒にある人に会いにいかないか」というのでついていくことにしました。行先も告げられずにタクシーに乗り、香港の港に行き、そのまま船に乗せられてすごい島みたいなところに連れて行かれて、内心(俺はこのままどこに連れて行かれるのか?)と不安を感じ連れて行かれたのが、ある個人宅でした。そこはUBIの副社長の家だったのです。その家に木村会長と奥様が招待されておりました。副社長とほかの客人は香港ツアーのコーディネーターと投資の話を始まられて、三上さんは木村会長夫妻と対峙する羽目になりました。そのとき木村会長が発した言葉が「なんかやりやいことはないんか?」「やってみなわからんやろ」という内容の言葉を延々と浴びせかけられたそうです。(場内爆笑)場所を海の見えるテラスに移しても「なんかやってみたいことはないんか」「はぁ~なんかやってみたいとは思うんですけどね~」「ほんだらやってみなわからんやろ」「やってうまくいったらお金が儲かる、失敗しても経験が儲かる。一番ダメなのは何もやらんことや」というメッセージを3時間も話してくれたそうです。(後日談として木村会長はこの時のことを全く覚えておられなかったそうです)

木村会長の圧倒的なパワーを頂き、帰る間際になって「わかりました。私は日本に帰って1年後に独立します!」と勢いに乗って約束されたそうです。

 

日本に帰国後木村会長にお礼のメールを送ったところ、会長から福井の隣の金沢でBS経営塾というのをやるからよかったら来ないかと誘っていただきました。参加費が10万円と当時の三上さんからすればたいそうな金額だったこともあり、ずいぶん悩まれたそうですが、起業するにもやり方もわからんし、まずは参加してみな何も始まらないなとの考えにいたり、お金をどうにか工面してBS経営塾に参加されました。このとき奥様には「木村会長いい人で特別10万円免除してくれたんで通わせてくれ」と頼んだそうです(場内大爆笑)参加してみると周りはみんな経営者の方ばかりで「今トラックに乗っています」と自己紹介すると周りから何しに来たん、こいつ?みたいな扱いをされすごくアウェー感を強く感じながら勉強され続けました。

しかしその6か月間で学んだことが今の自分の宝となり、BS経営しかしらない経営者がここに誕生したのであります。

 

塾に通いながら一生懸命ビジネスプランを練り上げて、塾の終了後に木村会長に声をかけて、その時考えていた若年層向け老眼鏡ビジネスについてプレゼンを行いました。そのとき木村会長から「資本金の1000万円はどうするんや」と聞かれ「どこかから借りて起業するつもりです」と答えると「それはだめやろ」と言われてしまいました。何がダメかというと「お前には子供と妻がいるやろ。人から借りて返せなくなった時にどうするんや。そこは一番守らなければいけないところやろ」「今の仕事をしたままなんか始められることはないんか?」「今からでも将来に向けて何か一歩踏み出せることはないんか?」さらに「雪だるま知ってるやろ。ビジネスも雪だるまと同じやぞ。まず一握りの雪だるまを作るんや。一番初めは転がしてもちっとも大きくなっていかないけれど、いったん大きくなると、転がすのも確かに大変だが1回転するだけで大きな雪(利益)がとれるやろ。そういうふうなビジネスを考えなさい」とアドバイスをもらえたそうです。

 

いろいろ考えて見つけたのが中国から商品を仕入れて、それをネットで販売するというビジネスでした。スタートは5万円ぐらいから始められリスクも少なそうだということで、ダメもとでもいいかという気持ちでやってみると結構売り上げが出るようになりました。

これはいけるんじゃないかと思い、自分なりに経営計画を立てて、この売上までいったら会社を辞めて独立しようと思った矢先、発注しても商品が入ってこないという事態が発生したのです。当時、今のファーストトレードのような会社は殿様商売をしているところが多く、連絡しても返事は来ない、発注しても商品が遅延するということが当たり前にお世界だったのです。これだと自分の立てた計画通りにビジネスを展開していくことは難しいと判断して、いったん振り出しに戻らざるを得なくなったのです。同業者の方の話を聞くとみんな代行業者に不満を持っており、これって自分の使いやすい代行会社を作れたら、この方たちをお客さんにできるんじゃないかという考えにいたりました。

さっそく中国に飛んでパートナーを見つけ、テスト的に知り合いの方たちに利用してもらい、試行錯誤を重ねてシステムを作りあげて、2011年4月27日にファーストトレードを作られました。

 

マンションの1室でスタートし、半年後に現在の幹部の角田氏を迎え入れ、順調に業績を伸ばし、さぁ、この成功のきっかけを与えてくれた木村会長にお礼を言いにいかなければと大阪の会長の講演会に参加され「福井の三上です。会長のおかげで無事起業することができました!」と報告すると「おぉよかったな、はい次」とあっさりとかわされてしまいました。(場内大爆笑)その時三上さんは、会長きっと俺のこと覚えてないぞ、と強く感じたそうです。そういったことが2回3回繰り返され、あぁもうダメかと思いだしたときに福井に木村塾の立ち上げのお知らせメールが届き、会社訪問先募集と書かれてあるのを見て、さすがに会社まで来て「はい次」はないだろうと思い、すぐにうちに来てくださいとお願いしました。

 

会社のこられた木村会長に創業の経緯やBS経営で学んできたことをそのままやっていますということをお伝えし、決算書を見ていただき認めてもらうことができたそうです。

現在は会長から正式に出資をしていただきファーストトレードの会長に就任していただくまでになっています。(場内から大拍手)

 

ビジョン

10年後自己資本10億円

会長が会社に来られた時に、10年後のビジョンを作ろうということになり、他と比べる基準を持っていなかったため、「10年後自己資本10億円にします」と伝えたら会長は「それはちょっと言い過ぎやぞ」「10年で5億は見たことはあるけど10億は見たことないぞ」と言われたのですが、10年後10億を曲げずに三上さんのビジョンとなっています。さらに5年後には自己資本を5億円にして、経営幹部3人を年収1000万円にするというビジョンも持たれています。これを社員と共有して必ず達成させますという力強い宣言でわが人生を語るを締めくくられました。

 

 

質疑応答

なぜ100万円を持って香港に行かれたのですか?

お金の勉強をしているうちに資産運用という言葉を知り、海外の方が有利なものがあるということで、それなら海外に口座を作らないといけないという思い込みから香港に行きました

 

小学校から変わっていない自分がいる。 歩き出したらとことんいけるところまで行ってしまう性格。今も会社で同じことをしている。自分がやりたいことをがんがんやって、あとは社員にお任せしています。今すごく楽しい。仕事がすごく楽しい。

 

フィードバックタイム

 

社員さんから見てどんな社長

角田さん

今日の話とおりの社長で、日々やってみなわからんやろと、いろんな課題を突き付けてきます。実務はほとんど私がやっているのですが、内心はやる方の身にもなってよと思っています。ただいろんなものを、ただやってみなわからんやろと持ってくるのではなく、きちんと理論づけされた、しっかり考えられた課題なので日々勉強になります。それを必死に頭を使ってやっていくと結果につながってくるので、これからも社長を見習い少しでも社長の考えを早くよりよく実現していくのが、私の使命だと思っています。あと5年で自己資本5億円達成した暁には、年収一千万という言葉を改めて聞けました。私としては5年後ではなく明日からでも頂きたいなと考えています。(大爆笑)

 

もう1名の社員さん(爆笑で名前聞こえづ)

ファーストトレードでは総務 経理 その他社長のやりたくない仕事一切担当しています。今日は私の聞いている中ではベストなプレゼンでした。以前私はこの会社と付き合いのある銀行の社員でした。その時から社長はなんかほかの人と違うなと感じていました。数字の出し方がほかの会社の社長とは全然違い、この人は数字のことをよくわかっている社長でした。転職してよかったと感じています。銀行マン時代では取り扱えなかった第三者割当増資や中国との合弁会社の設立準備や就業規則の策定や、今度は日本でもわずかな会社しか持っていない資金移動業の免許にチャレンジさせてもらえるということは非常に幸せです。

 

会長からのお言葉

世の中やらん人が多い。一番嫌いなのは年が行ってから若い時にやっておけばよかったということ。失敗と成功はつながっている。失敗を重ねて成功がある。成功の反対は失敗ではない何もやらないことである。人生は思った以上に必ずなる。どうすればいいかというとそんなに難しいことではない。やることは誠実と信頼を磨くことだけ。自分の能力を開発するということは、日本の国力を開発するのと同じことだと思う。みんな宝を持っている。

 

 

 

レポート:濱田恵司

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